家内の高血圧は暫くは経過観察のため、軽い運動しか同一行動が出来ない。
前から気になっていた、琵琶湖一周ウォーキングの完結をするため
単独で、ウォーキングに。
前回の途中、家内のふらつきで緊急避難した、小野駅よりスタート。
この駅前は、ゴーストタウンだ。
住宅増加で出来た駅で、開業当時は一応の賑やかさはあったのだろう。
小野駅から161号線に下り、琵琶湖大橋を横切り、堅田の町に。
ここは、湖賊と呼ばれ、琵琶湖の水運を握っていた。
古い建物が沢山残っている。
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逆光に浮かぶ、浮御堂。
近江八景に入っていたと思うが。
熱心にお参りされている方が居られた。
何か、願掛けされているのか、悩み事があるのか。
歩いていると、井戸を見かけた。
未だにこのような形で残っているのは珍しいのでは。
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このような神社があちこちに見受けられる。
これは日吉大社の外坊で101社あるそうだ。
地元の方が大事に管理されているようで
何処も、綺麗に掃除もされてあり気持ちがよい。
明智光秀の居城。坂本城だ。
織田の武将としては、初めての城持ち大名にに
なった所だ。
しかし、その後、ここを取り上げられ、丹波に切り取り
自由で向かわされる。
この事なども、本能寺の変の伏線なのだろうな。
歴史だ、歴史だ、歴史を感じる。
ここからは比叡山も望めるし、戦国の舞台だ。
大津港。
大津港で「うみのこ」の出港に遭遇した。
滋賀県の小学生はこの船で、一泊で琵琶湖を廻り、
琵琶湖の事を勉強する。
県外の小学生にも希望があれば運行しているらしい。
これは「ビアンカ号」。
船内で、優雅に食事をしながら、琵琶湖を周遊する船だ。
2回乗っているかな。
1回はミシンガンと勘違いしてるかも知れない。
ミシガンに乗っているのは間違いない。
琵琶湖ホール。
このホールのレベルは日本でも相当高いようだ。
リョウはまだ入館したことはない。
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大津プリンスホテル。
あの有名な、故丹下健三氏の設計だ。
食事をしたことはあるが宿泊をしたことはない。
なかなか、地元民が泊まるのは機会がない。
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琵琶湖一周のスタートをした、JR石山駅に到着。
今日は、一人と云うこともあり、そして足の回復具合を
確認するため、2回に分けて歩こうとしていたコースを
連続で歩いた。
およそ26km~27kmになるだろうか。
昨年、5月25日に始めてから、1年半も掛かってしまったが、
今日で、一応のケリをつけた。
始めた時は、足の付け根辺りに膏薬を貼りまくって歩いていた。
今日は、膏薬を貼ることもなく歩く事が出来た。
ジムに通いだしたのが、昨年の8月だから、このトレが利いたようだ。
これで、「琵琶湖1周ウォーキング」、JR西日本の「駅からはじまるハイキング」
50コースも終わり次のターゲットを決めなくては。
今は、紅葉の時期でもあるので京都歩きを中心にしている。
それから「駅からはじまるハイキング」の番外編「大阪まち歩き」も
始めなくては。
これは家内の様子を見ながら進めよう。
ニュースで津波の事が流れている。
北海道の警報が出ている所は、10月に旅行した所なので
心配するが、気持ちだけで私には何も出来ない。
インドネシアの旅行ではジャワ中部地震をもろに受けるし、台湾では
花蓮の地震にもニアミスだし、俺は行く所に災害を持って行く人間か。
ジャワ中部地震の時は関西からの旅行者4人は無事とのニュース
が流れたらしいが、その内2人は俺達だ。
でも、この地震ホテルで遭遇したのだが、この時は、ホテルは崩壊すると
思った。
とにかく早く揺れが収まらないか、じっと洗面台の縁を持って家内と耐えた。
丁度、朝の洗面時間だった。
長い、インドネシアとの関わりで、耐震ビルは無いに等しい事を知っているだけに。
同じジョグジャカルタの中でも世界的に有名なチェーン店でも、フロントの屋根が
落ちた。幸い怪我人は無かったようだが。
この事を書き出せば長文になるのでこの辺で。
あの時は、携帯電話のメールで無事を家族に連絡していたので
その後、旅行社から連絡があった時には、無事だと回答したとの事だった。
どちらにしても、自然災害は怖い。
どだい、人が立ち向かうことは出来ないのだから。
でも、情報があると対処の方法はあるので、情報の大事さがわかる。
今回の津波心配だが、この時間(23時)で大きな津波は来ていない。
予定より、大分時間が経ったので、このまま、大過なく終わっては欲しい。
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